天候不順で風邪をひいてしまって

先週、やたらと冷え込んだ日などがあって、冷たい雨も降ったり天候不順だったので、息子の仕事のローテーションがきつくて風邪をひきこんでしまいました。息子はふだん大変な大食いなのに、食欲がわかないと言って食べられなくなってしまいました。咳も出てひどいです。固形物が食べられないということで、ゼリーだとかヨーグルトとかスープなどばかり食べています。ご飯ものとかお肉などを食べると吐き気がしてしまうのだそうです。いつもたくさん食べる人が食べられなくなってしまうと何だかとっても心配になります。咳がひどくて、のどがやられているらしく、どうもものを食べてもおいしくなく、味がしないのだそうです。
今週は火曜日から3連休だったので、まる3日間休めば回復するかと思ったのですが、どうも思うように回復しないまま、息子はまた仕事に出かけました。息子の仕事は24時間勤務があって、夜勤などもあるので大変です。疲れもたまっていたのでしょうか。まだ食欲が戻っていなくて可哀想です。
そして、ずっと隣でゴホゴホされていたものだから、私もうつってしまいました。息子の風邪ほどひどくはないのですが、のどが痛くて時々咳が出ます。風邪薬を飲んで寝たりしたのですが、どうも今日はずっと体調が良くありません。ただ、息子のように食欲がなくなったりはしていないので、まあ軽症だろうと思います。私は休めるからいいけれども、息子は仕事をなかなか休めないので困ります。これ以上悪化したり、長引いたりしたらどうしよう、と心配しています。ともあれ、シチューを作って食べさせたり、咳止めを買ってきたり、いろいろ面倒はみているのですが。息子が早く良くなってくれるといいと思います。

靴箱の大掃除をしました

前々から靴箱が雑然としていて気に入りませんでした。
結婚してから越してきた家なので、くくりつけのものはみんな夫仕様になっていました。
少しずつ私仕様にしてきましたが、靴箱だけは放置してたんですよね。
しかし、夫が自分の靴の数も把握しないでどんどん衝動買いし、玄関にあふれかえって大変な状態になってしまったので、これを機に靴箱の大掃除をすることにしたんです。
少し前に、靴箱の棚が可動式だってことにはじめて気づきました。
何年もずーっと気づかなかった私もアホですが、玄関が雑然としてもずっとシカトしていた夫が一番タチ悪いです。
靴を全部出し、空っぽにして棚をはずすことにしたんですが…棚がうまくはずれません。
扉の蝶番にぶつかるんです。棚が幅ギリギリで、扉の角が棚より狭い位置で止まってしまうためなかなか出せないんです。
もとからいろいろ欠陥満載な家でしたが、どうやら靴箱も欠陥だったようで…ため息です。
なんとか棚を出して、全部拭き掃除。
それから、靴の高さに応じて棚の高さを調整しました。
実は、長靴を入れるスペースをしっかり確保したかったんです。
今までは全部の棚が同じ高さになっていたので、長靴は横にしてぎゅうぎゅう詰めになっていました。
今回棚を高くしたスペースに、長靴を立てて収納することができました。
これだけで全然見栄えも違います。雨が降っている時もスムーズに長靴を出すことができます。
後は普通の靴を収納。ですが、靴箱の大半が夫の靴で占領されています。
同じデザインのものを2足ずつ買っているんですよ。別に靴のファッションにこだわっているわけでもないんです。忘れっぽくて同じようなものを買ってきちゃうんだと思います。
邪魔だとわかりやすいように入れておいたので、気づいて処分してほしいものです。

プールあるある?靴の履き間違え!

今日は、子どものプールの日。
まだ低学年で距離もそこそこあるので、週1回の付き添いが私の休日の日課です。
最近、娘も大きくなりやっと自転車もはやく焦げるようになったので暖かくなってきた事もあり自転車でいきました。
プールに到着してお着替えの時間、半年前までは一人で着替えるのが嫌で女の子ですが、私と一緒に男子更衣室で着替えていましたが、最近はやっと女子更衣室で一人で着替えに行く事が出来るようになりました。
プール後のドライヤーもやっとこなせるように。だんだん手がかからなくなってきました。
それはそれで寂しい気もしますが、子どもの成長を日々感じて楽しいです。
いつものようにプールの入り口まで送って終わるくらいの時間に迎えにいったのですが20分たっても全然出てこない。
なにかあったのかと思い、防犯目的で持たしている携帯に電話してみると誰かが間違えて娘の靴を履いて帰ったみたいで、自分の靴がなく帰れないとの事。
あるあるといえば、あるあるですが。最悪ーって感じです。
確かに似た色のようですが、間違えて履いて帰った子の足のサイズが21センチで娘のサイズが22.5センチなので娘は絶対に履いて帰れない。
しかも、丁度靴のサイズが微妙な時期で小学校に履いていける靴はその1足だけしか今はないんです。
サンダルとかお出かけようならあるのに。
やっぱり最悪ー。
プールの人は間違えて履いて帰った人が誰か確認する気は全くないようだったので、どうすんねんって感じ。
誰か確認してよっ!って心の中では言ってたが、相手が融通のきく人かそうじゃない人くらいは読めるのでこのままずるずる時間を消費するくらいなら、近くのショッピングモールで買おうと決断しました。
結局、プールのスリッパを履いて近くショッピングモールで娘の靴を購入してスリッパを返しにまたプールへ。
さっき会ってそこそこ話してた人にスリッパを返しにきましたと伝えたのに、私たちが靴を間違えて帰った方だと思ったみたいで誰かわからん靴を持ってきました。
15分ほど前まで喋ってたやん!と心では思いながら。スリッパを返却して帰りました~。
ついてないな~と思いましたが、娘は間違えられてラッキーやったーと言いながら、新しい靴が可愛くて、気にいってご機嫌で帰りました。

ひさびさのトイレ掃除 にて。

今日私は、いつも時間が、なく実家のトイレ掃除を人任せなので「ひさびさにやる事にしました。」トイレ掃除は、すんなり出来ました。が暖かくなりもう春といゆう事もあり、「くも」です。(トイレなので、もちろん虫のほうです。)天井が大変な事になっていました。なんと綺麗な物に例えるならば、「幸運グッズのドリームキャッチャ」状態にビックリしました。確か昨日は、なかったはずなのに、と思いながら、手には、長く丸めた新聞紙を持ち、くもの巣を絡め取りました。そしたら、恐怖くもが、上から降ってきたのです。そして頭に落ちてきました。家には、私の「ギャア~」の叫び声が、響き渡りました。(近所の皆様すみませんでした。)すぐに頭を振りまくりおとしまさそた。そして見事に、捕まえました。無事に掃除は、終わりました。女性トイレは…そうです。まだ、男トイレが、残っています。始めるまえから、嫌な予感がしました。恐る恐る開けると、やはり「くも逹は、いました。」もう入り口から、存在アピールです。落ち着いた私は、先に「くも」さんを捕まえ、綺麗にくもの巣を絡め取り、無事に掃除修了しました。くもは、スゴいですね。一日であんなに、巣を作るなんて、今日は何をしたのか、良く分からなくなりました。掃除ではなく、戰の様でした。が、結局はトイレが、綺麗になったので良いと思う事にしました。しかしまた、掃除のたび「くもとの闘い」は、嫌だなぁと思わずにはいられませんでした。くもが、寄り付かない方法が、ありましたら教えて頂きたいです。けっこう、細身でしたが大きさがあるので、ビックリします。私は良くいる「黒と黄色のシマシマ」ぐもは、絶対無理なのでそれよりは、と思いますが何とかしたいです。ひさびさに、掃除してくもで頭が一杯になるなんて考えていませんでした。何か疲れる一日でした。

あなた、使いの人ですよね?

旦那とケンカした。
ケンカといってもいつも通り私が一方的にキレただけ。
原因は“私の健康を気遣ったから”。
私のメガネはかなり長い間使用している物だ。
その間にもまた視力は落ちたし、インターネットで買った安物だから質もあまり良くなく、はっきり言って見えづらかったのだが普段はコンタクトがメインなのでもったいないと思い使い続けていた。
でも私には結構頻繁に目のトラブルがあり、そんな時にはコンタクトは使えない。
先日も目に炎症を起こしたのでメガネで旦那と外出した。
その時に「あれ何て書いてある?」と聞いたのがきっかけで「え、あの文字も見えないの?!」とビックリしながら新調するよう言われ、生活に大きな支障はないからいいと言ったのだが半ば強制的にメガネ屋さんに連れて行かれた。
お手軽価格のフレームを選んだ後、私はかなり視力が悪いのである程度厚いレンズになるのは覚悟していたのだが、旦那が勝手に最も薄くてしかも日光にも反射しないとか何とかいう一番高価なレンズを注文した。
私は「もったいないからそんなにいいのいらない!」と言いはった。
通常はどんな時でも、例えそれが私のワガママであったとしても旦那は私の考えに従ってくれる人だ。
というか私が無理矢理自分の意見を通すと言った方が正しい。
でも今回は「質の悪いメガネで目が疲れて余計に視力が落ちたらどうするの?将来見えなくなったらどうするの?」と聞き入れられなかった。
めずらしく自分の意見が通らなかった事にショックを受け腹を立てた私はその後の帰り道も家に帰ってからも、感謝するどころかむしろ逆に「無駄遣いをしてバカじゃないの?」としつこく文句を言い続けた。
旦那は一切反論する事もなく、「新しいメガネ楽しみだね~」と言いながら怒っている私におどけてみせて、「あっ!今笑った!」とご機嫌を取りにきていた。
いつもこう。
いつも私が何も悪くない主人に対し理不尽に一方的に怒り、そして主人はそんな私に対しひたすら下手に出て仲直りしにきてくれるというパターンだ。
そんな時はいつも自己嫌悪で自分が嫌になりお風呂場などで1人泣けてくる。
私は旦那の事を、私に性格の悪さを自覚させ更生させるために送られてきた神様の使いなんじゃないかと思っている。

映画「婦系図」を見た。職人の技巧を見てるようで、とても感心した

原作は泉鏡花。歌や芝居にもなっており、幾度か映画化もされている。
少し前に、岐阜の柳ケ瀬で衣笠貞之助監督、山本富士子、鶴田浩二主演の『婦系図 湯島の白梅』を見てきたばかり。
ところで、前々から婦系図(おんなけいず)というタイトルは、好きになった男のために命も捨てる女の鑑みたいな女性の系譜の中に、本作のヒロイン・お蔦も連なっている、という意味合いだろうと思っていた。
まったく的外れだった。
嫁をめとるにあたって、彼女自身はもちろんのこと、彼女の親も含めた氏素性、家柄や学歴、職歴、交友関係など一切合財洗い出すことを指して系図という言葉を使っている。
結婚に際しての女性の身上書、今の言葉では“釣書”ということか。
どんなに相思相愛の間柄であっても、家柄にふさわしい女性であるかどうか、あるいは男の出世に妨げになるような経歴の女性かどうかが重要視されていた時代風潮への批判を込めたタイトルだ。
本作と前回見た『婦系図 湯島の白梅』とでは、お蔦と主税の悲恋という大筋は同じであるが、その他の部分ではかなり異なっていた。
衣笠貞之助版はヒロイン役が山本富士子ということもあってか、美しい悲恋メロドラマになっていた。
三隅研次版は、恋するお蔦と別れる原因を作り、さらには敬愛する恩師の娘・妙子に卑怯なやり方で言い寄るかつての学友・河野英吉への復讐譚でもあった。
その復讐というのが、まさに『婦系図』を逆手にとったような陰湿な手口で、かなりドロドロしている。
ドロドロしてるなんて書くと、本作のヒロイン役・万里昌代に失礼か。ドロドロした陰湿なパートは、あくまでも市川雷蔵がやってること。
本作の万里昌代は、数年前まで新東宝で三原葉子といっしょになってお色気をふりまいていたとは思えない、しっかりした芝居でこの大役に臨んでいた。
正直言って判官贔屓もあると思うが、山本富士子とは違う魅力があり、好感がもてた。
万里昌代といえば、同じ三隅・雷蔵コンビの時代劇『斬る』で、素っ裸になって弟をかばう武家娘がとても印象に残っている。
このお蔦役も記憶に残りそうだ。
それと衣笠版では杉村春子が扮した元芸者の女将役と森雅之が扮した真砂町の先生役を、それぞれ木暮実千代と千田是也が演じてた。
二人ともうまい。
同じ話であっても、演者や趣向が異なると、まったく別物になって面白い。
この三隅研次版のほうが、泉鏡花の原作に近いようだ。
主税のもとに駆け寄るお蔦のうれしさを、パタパタと床板を小走りする彼女の白い足袋だけで表していた。わずかなインサートカットながら、ハッとする。
木暮実千代が、気が動転してよろめくシーンでも、彼女の白い足袋のカットを一瞬挿入していた。
職人の技巧を見てるようで、とても感心した。

本質を見ないで、行動だけを見ていました。

小学校5年生の息子。
家で、母親なしで眠ることが出来ません。それどころか、夜一人で寝室のある2階に行くこともだめ。

同級生に比べて体格もよく、みんなを引っ張って先頭を歩いていくような息子。
先生に頼られることも多いようです。
そんな息子の意外な一面・・・人それぞれ「ニガテ」とするものがあることは分かっているのですが、
私だって仕事から帰ってきて夜、子供たちが寝る頃からは一人の時間が欲しい。
ようやくゆっくりしようと思っていたのに・・・「お母さん、一緒に来て・・・」と言われるたびにイライラは募っていきます。
また、最近反抗期なのか口答えも多く、親の言うことを全然聞かなくなってきてもいました。
「あなたがお母さんの言うこと全然聞かないのに、どうしてお母さんがあなたの頼みを聞かないといけないの?」
「『夜一人で眠れません、どうしたらいいでしょうか』って連絡帳に書いて学校の先生に伝えてもいい?」
随分大人気ないですが、最近までそんな対応を取ってしまっていました。
「・・・じゃあお姉ちゃんと一緒に寝るから、いい」というものの、
日付が変わる頃寝室へ行くと「電気がつけっぱなし」の状態で二人寝ていることがあって、
娘も「昨夜は明るくてよく眠れなかった~」と・・・被害がでているな、どうしたらいいだろうと頭を抱えていました。

ある日偶然、ネット上の「知恵袋」を見たら同じような悩みの書き込みがびっくりするほどありました。
回答の中に、
「その子にとって、一人で眠れない『何か』があるのだと思います」
というものが。
目からウロコでした。

今まで、「一人で眠れない」という行動だけを見て、そのことを非難していましたが、
息子にとって「何か」不安があったからこそ眠れなかったんだ。
そう思ったら、長い人生の一時を息子と一緒に寝る時間に費やしても仕方ないなと思えるようになりました。
すると不思議、息子の口答えも減ってきた感じ。
子育ては奥が深いなあと改めて思ったのでした。

価値観のズレが合うことはない

アメリカの大学に留学していた時に同じく日本からの留学生に一目惚れしました。
地元が一緒だった事もあり急接近して付き合う事になりました。直ぐにルームシェアが始まり彼と犬を飼ったり遊びに来たそれぞれの両親に紹介したりと順調に交際が進んでいったのですが、ちょっとした事から気持ちのすれ違いが生じて彼とお別れする事になりました。先に帰国する事になった私が犬を引き取り彼とはそれっきりだったのですが、彼のお母さんとは帰国後に急接近したのです。家が近かった事もあり頻繁に一緒にご飯を食べに行くようになりました。もちろん彼には内緒でした。彼が帰国後も内緒で頻繁に遊んでいる内に彼のお母さんのような人がお義母さんならいいなと思い始めました。お父さんも加わって3人で食事に行く事もあったので本当の両親のようになついていました。彼と別れてから数年後に日本で同窓会もどきがあり、そこで彼と再会しました。元々は私の一目惚れなので久しぶりに会った彼にまたしてもときめいてしまい調子に乗って話をしている内になんとなくデートする事になりました。2人で飼っていた犬も彼との再会を喜んでいてそれも嬉しかったので、数回デートした後にうまくいかなかった過去を忘れてまた彼と付き合う事になりました。しかも今度は結婚を前提としたお付き合いでした。
彼の両親に報告するととても喜んでくれましたし、私も2人とさらに仲良くできるのが本当に嬉しかったのですが、1度うまくいかなかった価値観は時間が空いてもやはり合わないもので1年もしない内に私の気持ちは冷めてしまいました。気持ちが冷め始めた頃は彼の実家の近くで一緒に住んでいたので、彼の実家には週に2、3回遊びに行っていて楽しい時間を過ごしていました。その後、彼から正式に結婚の申し出があったのですが本当に悩みました。彼への気持ちは冷めているけど彼の両親とは本当の家族になりたいし、彼と別れるとまた愛犬に淋しい思いをさせてしまう。悩んだ結果、結婚する方がメリットが多いと思い結婚を決意しました。この結婚こそが私の1番の失敗です。
結婚はメリットの量でするものではないというのをその後思い知らされました。気持ちがない結婚生活はとても辛くて、その結果離婚に至ってしまいました。
結婚は相手への愛がなければだめですね。

ホストで借金を200万以上作りました

20代半ばの頃に、それまで付き合っていた彼氏から「別れよう」という一言で、あっさりフラれてしまいました。
結婚の約束もしていたので諦めきれずもっと詳しく理由を聞きたい、直すべき所があるなら直すので再構築できないかと縋りましたが、一方的に連絡を絶たれてしまったんです。
自棄になった私は、普段は行かないような繁華街へと1人で出向きました。
バーでもあればそこで自棄酒でもしようかなと思って歩いていると、ある1人のホストが声をかけてきました。
所謂呼び込みで、普段なら無視しますがその時は寂しいという気持ちもあって、つい言われるがままついて行ってしまいました。

その日は初回だった事もあり、安い料金で済みました。
でも男性から優しい言葉をかけられ、チヤホヤされる楽しさを知ってしまった私は、数日後にまたホストクラブへ行ってしまったのです。
使う金額は1万から3万、3万から10万と、行く回数を重ねるごとに増えていきました。
しかしその時の私は「高いボトルを入れればもっとチヤホヤしてもらえる」「もっとお金を使えばお目当てのホストが私だけを見てくれる」という思考に陥っていました。

その頃の私は事務の仕事をしていて月に20万前後のお給料がありましたし、貯金も結婚資金にと300万程はありました。
しかしホストクラブに通うようになってからはどんどん使っていって、あっという間に貯金は0円になってしまったのです。
お給料も入ったらすぐホストで使っていたので、やがて生活は困窮していきました。
お金がないならホストクラブへは行かなければいいのですが、お目当てのホストから「今度はいつ来るの?」と連絡を貰ったら、嫌われたくないので絶対に行かなければと思ってしまったのです。
そしてとうとう消費者金融で借金をしてまでホスト通いをするようになって、1年で借金が200万以上にもなりました。

電気やガス、携帯の料金が払えずに止められてもホストに通っていて、あの頃の私はどうかしていました。
食べる物も我慢していたので一日中お腹が空いていて、やつれた私を不審に思った上司から私の両親へ連絡が行き、両親がアポなしで家にきて借金の明細を見て、そこで私の借金がバレてしまいました。
両親から散々責められやっと現実が見えた私は、借金返済の為にどうにかホストクラブ通いを止める事が出来ました。
しかし借金返済はなかなか難しく、完済まではまだほど遠いです。
一度借金をしたら止まらなくなるのだなと、今では自分の失敗を本当に反省しています。

借金を返し忘れるという前代未聞のミス

15年前、自分はあらゆる金融機関からたくさんの借金をしていました。銀行、信用金庫、消費者金融、クレジットカード会社・・・総額200万は超えていたと思います。最後は自転車操業のように、返すために借り、それを返すのにまた余所で借りるという悪循環に陥りました。結果首が回らなくなり、家族に打ち明け、返済の大半を母の貯蓄に頼らざるを得ませんでした。情けない話です。
現在は信用金庫1件を残し、細々と返済しています。いえ、そのつもりでいました。
昨年、恋人の仕事先でトラブルがあり、彼の給料が3ヶ月ほど未払い状態となりました。困窮している姿を見かねて、再びカードを作ろうと消費者金融に電話。「以前お世話になったことがありますが、またお金を貸していただけないかと・・・」返ってきた答えは「恐れ入りますが〇〇様、いまお調べしたところ平成15年からのお借入金がそのままになっております。当時からなんどお手紙をお送りしても戻ってきておりまして、当社でも対策が取れず今日までに至っておりました。この度は、ご連絡いただけてありがとうございます。」目の前が真っ白になるって、こういう事なんですね。なんと延滞した借金の督促を無視し続けていながら、私は引っ越し先で転居届を出してまた引っ越し、転居届・・・そうしているうちに、借金自体を忘れてしまっていたのです!
残っていた借り入れ金は8万円ほどでした。しかし9年も放っておいたツケは大きく・・・なんと総額163万円にまで膨れ上がっていました。一括返済で対応出来るのなら、と向こうが提案したのは110万円。それでも、到底出来るわけがありません。(こんな大事な事をなぜ忘れてしまったのか!?)という悔しさ・馬鹿さ。そしてこれ程の年月がたったにも関わらず貯蓄をしてこなかった、余りにも能天気な自分を、心の底から呪いました。
現在、私は40代のオバサンです。そして休職中。初心に返って、自分の力で再びコツコツ返すには・・・時間も、体力も無さすぎました・・・。この歳でまた母親に世話になるなんて。電話の向こうで、母は大きなため息をついていました・・・。本当に、本当に情けなかったです。